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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)209号 判決

上告人知本清次代理人海野普吉同高橋己之助の上告理由は後記書面のとおりである。

第一点について、

論旨(1)は、土地所有者国分寺(代表者住職林光雅)と補助参加人である小作人伊沢鶴蔵との間の小作関係において、右伊沢鶴蔵から国分寺に小作地を返還したのは、両者の合意によつて行われたのでなんら条件附ではないというのである。しかし原判決は、上告人より国分寺に買受を申入れた土地が、他の土地と共に右伊沢鶴蔵に賃貸してあり、同人が耕作していたので、国分寺はこれを、右伊沢鶴蔵より返還を受け、上告人に売渡そうと欲し、伊沢鶴蔵にその返還を求めたところ、伊沢鶴蔵は、これを返還すると、残りの小作地はきわめて少くなり、家族六人の「生活に困難を来たすこととなるので右申出を拒絶したが、更に林光雅は、本件の代替地として面積は狭少でも同寺の自作地である良田を貸与することを約したため伊沢鶴蔵も申出に応じ」と認定しているのであるから、所論は結局原審の事実認定を争うに過ぎない。さらに、この主張の中で上告人は、国分寺が右小作人である伊沢鶴蔵の小作地を引上げたのは、右伊沢鶴蔵の不信行為によるのであつて、同人は異議を止めず返地したのであるとし、三つの事実を挙げているが、(イ)の小作料の滞納の点については、原判決は、「、、、、伊沢鶴蔵もこれに従つて小作料を納入して居りその納入を怠つたものでないことが認められる」と判示しているし、(ロ)の右伊沢鶴蔵は、その小作農地の一部を荒廃のまま放置していたという点については、原判決は、「伊沢は、、、、一時そこに雑草を生ぜしめて居たことを認めることができるけれども、、、、右土地は水利に恵まれないため除草に困難な関係があつたことによるものと認められる」と判示しているから、いずれも原審の事実認定を争うに過ぎず、またその認定に違法も認められない。(ハ)の伊沢鶴蔵の供出状況が不良であるという点については、原判決は「、、、、供出を遅滞して居たことが認められるけれどもこの事実だけで右土地取上を正当となし得ないことは言をまたない」と判示しているのみならず、供出状況の良否は、地主に対する信義とは別問題であつて、解約の理由とならないと解すべきであつて、所論は、原判決の事実認定に反する事実を主張するに過ぎない。また論旨(2)は、要するに、本件所有権移転は適法であるというのである。しかし原判決も、上告人は本件土地を国分寺から買受け、自作農創設維持の事業により、自作農地として創設を受け、適法にその所有権を取得したと判示し、違法であるとはいつていない。根拠は他にあるのであつて、すなわち自作農創設特別措置法(以下自創法という)において、昭和二〇年一一月二三日当時の小作農のため、遡及買収計画を定めることを認めたのは、これによつて耕作者をしてその地位の安定を得させようとする趣旨であつて、右日時以後において、右小作地が第三者に譲渡され、譲受人が自作農地として創設を受けたとしても、そのため前の耕作者は当然遡及買収の権利を失い、その利益がなくなるものではなく、かような場合においても、耕作者の請求により、農地委員会において相当と認めるときは、遡及買収計画を定めることができるものと解するを相当とする。論旨は詳細に、上告人が本件土地を取得するに至つた経過が適法である理由を述べているが、それが適法であつたということは、なんら自創法の定めた遡及買収計画の決定を妨げるものではない。また論旨は、上告人が本件土地を買収した当時は、自創法の施行なく、地方長官の許可を得て行つたのであるから、同法施行後の農地委員会の許可と同一の効力を有するのであり、従つて事後において農地委員会が、この売買を否認すると同様の結果となる遡及買収を認めるのは、矛盾も甚しいと主張する。しかし上告人が本件土地を取得した当時は、未だ自創法は施行されていなかつたのであるが、その後耕作者の地位を安定することを目的とする自創法が施行され、同法の附則二項による遡及買収の請求をも認めたのであるから、法の趣旨に従つて遡及買収計画が定められた以上、所論のような場合を生ずることも当然予想されるのであつて、これを矛盾とはいえない。また本件の場合自創法の趣旨よりいうも、耕作者である右伊沢鶴蔵が、本件土地と替地のいずれをも全く失うと解するのは相当でなく、結局において、遡及買収は違法と解することはできない。

第二点について。

所論は、原判決は、本件農地が自創法三条一項各号のいずれにあたるかを審理しないで、遡及買収計画を適法であるとしたのは理由不備の違法があると主張する。本件当時の自創法附則二項による遡及買収は、三条一項の買収(いわゆる当然買収)にあたる場合にかぎるのであつて、同条五項のいわゆる認定買収にあたる場合は遡及買収をすることができなかつたことは、所論のとおりである(改正後の現行法ではできることとなつた)。しかし本件においては、原審において遡及買収が、自創法三条一項一号ないし三号のいずれに当るか、または、いずれにも当らないかについて、上告人はなんら争つていないのであるから、原判決がこれを判示しなかつたのは当然であつて、原判決になんら違法はない。そして原判決は、もちろん本件買収が自創法三条一項によつて行われたことを認めた趣旨であることは明らかであり、裁判所は、買収計画に対する不服の訴において、特に当事者の主張がないかぎり、買収の適法要件のすべてについて巨細にわたり、これを審理判示すべき義務があると認めることはできない。さればこの点の論旨もとることはできない。

第三点について。

所論前段は、訴外金子菊治は、国分寺の小作人でなく同寺の作男に過ぎないということを前提として、訴外金子菊治より右伊沢鶴蔵の土地につき遡及買収の請求があつて、農地委員会がこれに基き買収計画を定めたとき、右伊沢鶴蔵が異議の申立及び訴願等をすれば当然買収計画は取消される運命にあつたのに、却つて上告人に向つて攻撃して来たといつているが、金子菊治が国分寺の小作人であることは原判決の認定するところであるから、これを争うことを前提とする理由は、事実審の裁量権を非難するに過ぎない。また所論中段は、国分寺が右伊沢鶴蔵に替地を与えることが条件となつていたと仮定しても、その契約は、国分寺と伊沢鶴蔵との間の契約であつて、斯る契約を知らず、全く善意無過失に適法な所有権を取得した上告人に対し、遡及買収の申立をするのは、自創法附則二項の法意からいうも許されないと主張するが、前に説明したように、(第一点(2))遡及買収を定めた自創法の趣旨は上告人の所有権の取得が適法であるか否かは、遡及買収計画の決定に直接の関係はなく、耕作者を保護しようとする法の目的に即して、すべての観点より遡及買収を相当と認めるときは、これを許すこととなるのであつて、上告人が善意で所有権を取得したとしても、このため上告人に不利益を及ぼす結果となるのはやむを得ないのである。上告人の所有権取得が不適法であれば、すでにその点において自創法附則二項の適用をまつまでもなく、本件土地を所有することができない別個の理由が生ずることもあり得るのである。そして原判決は、判示のように各種の事情を審査し結局本件遡及買収を相当と認めたのであり、またこの判断になんら違法は認められない。また所論後段は、本件遡及買収計画を定めるに際し、自創法施行令四五条による審議をしていないと主張するが、かかる主張は原審において主張も判断もされなかつた事項であるから、上告理由とすることはできない。従つて論旨はすべて理由がない。

第四点について。

所論は、自創法及び農地調整法の精神が、精農を保護育成するにありとし、補助参加人伊沢鶴蔵が怠農であるに反し、上告人が居村第一の精農である事実を強調し、原判決が農地改革に関する関係各法規に違背することを非難するのであるが、かかる事実は原判決のなんら認定していないところであるから、結局上告人は独自の事実を主張し、原判決の違法を主張するに帰し、論旨はとることを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

上告代理人弁護士海野普吉、高橋已之助の上告理由

第一点 原判決は自作農創設特別措置法及び農地調整法等の解釈適用を誤り不法に上告人の自作農地に付真野村農地委員会が定めた遡及買収計画を容認した違法あるものと信ず。

本件の事実関係は本件土地(判決末尾添付別紙目録記載(一)乃至(五)の農地)は被告人の補助参加人伊沢鶴蔵に於て土地所有者訴外国分寺より昭和十四年頃賃借し耕作して来たのであるが、国分寺は昭和二十年十二月中、右伊沢鶴蔵より土地の返還を受けて上告人に売渡し、上告人は之を自作農創設維持の為め地方長官の許可を受けて買受け、其の頃(昭和二十年十二月中)右土地の引渡を受け翌昭和二十一年より耕作して来たが、伊沢鶴蔵より遡及買収の請求があり、真野村農地委員会は右請求を容れて昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて遡及買収の計画を樹て昭和二十二年十月十九日其の公告を為したものであるが、該買収計画は左の理由に依り違法なるものである。

(1) 土地所有者国分寺対小作人伊沢鶴蔵間の本件農地返還は合意に依るものであつて、何等強制的のものでもなく、又条件付のものでもなく、極めて円満裡に返地(賃貸借契約の解除)されたもので、所謂小作地の不当引上げではない。

伊沢鶴蔵は昭和十四年中より本件農地を小作して来たが、同人は何等宥恕すべき事由がないに拘らず左の如き不信行為があつた。

(イ) 小作料の滞納

小作料は本件農地全部に付て年四石六斗八升であつたが

昭和十四、十五年の二年間だけ完納

同 十八年度五斗八升未納

同 十九年度二石七斗八升未納

同 二十年度金納となつたので一斗分を減額して納入

(ロ) 小作田の一部なる原判決添付目録(五)の一畝十九歩は殆ど作付せず荒廃の侭放置して置いた。

(ハ) 供出状況極めて不良であつた(甲第二号証参照)

供出状況は部落責任、個人責任の場合を問わず成績極めて不良で一例を挙れば、

昭和二十年度は

割当高     十四石四斗三升

地主保有未納入 六石

管理米供出   六石四斗

未供出     二石〇三升

という状態であつた。

地主国分寺住職林光雅は永く教職にあつて東京に在住して居たが、昭和十九年中佐渡に帰郷して本件補助参加人伊沢鶴蔵の右不信行為を知り同人より小作田の返地を受くべく同人に交渉したところ伊沢も聊か良心に咎むるところあるものと見え、何等異議を止めず返地することを承諾し、昭和二十年度収穫を終えたる同年十二月国分寺に対し本件田地を返還したのである。従つて右返地に付、国分寺は補加参加人に対し何等強要した事実なく、又原判決認定の如き替地を与うることを条件とした事実も毫もないのである。

斯くして昭和二十年十二月国分寺は伊沢より本件土地の返還を受くるや間もなく之を上告人に売渡し其の引渡を為した(引渡を受けた時期は被上告人も之を認む)のであるが、若し原判決認定の如く返地が替田を与えるとの条件付であつたとすれば、同月中に与うべき替田の地番、反別等は伊沢に明示すべき筈であるが、何等之に触れて居ないのであつて、此の点より観るも当時替田が条件になつて居ないことは明瞭である。然るところ翌昭和二十一年二、三月に入つて、伊沢は国分寺に対し新に小作の申込をしたので林住職は返還田地とは全然無関係に訴外金子菊治に影小作(表面上は国分寺の自作)させて居た田を補助参加人に小作させることにしたのであるが、右小作は時期的に見るも本件田地の返還に付て条件的に小作させたものでないことが判るのである。

以上の事実によつて之を観るに、本件田地所有者国分寺が補助参加人より其の返地を受くるに至つた理由は補助参加人に不信行為があつたので返地を求めたところ、同人は聊かも異議を止めず素直に之に応じ、茲に国分寺対補助参加人間の本件土地に付きての賃貸借契約が合意解除となり、国分寺は返地を受け、地方長官許可の下に上告人に売渡したのであるから、補助参加人は国分寺に対しても初めより遡及買収の申立を為す権利を有しないのである。

(2) 上告人対地主国分寺間の本件田地売買は上告人の自作農創設の為めにするものであつて、凡て合法的に処理進行して来たものである。即ち

(イ) 昭和二十年十二月中、国分寺との間に売買契約成立し、代金を支払い、土地の引渡を受け、当時の小作人たる補助参加人伊沢鶴蔵の離作承諾を得。

(ロ) 超えて翌昭和二十一年一月四日附上告人は補助参加人伊沢の同意の調印(甲第四号証参照)を得て本件田地全部に付自作農創設の為め斡旋願書を真野村農業会長(自作農創設特別措置法発布前の経由機関)に提出し、同月十一日真野村農地委員会の審議を経て、翌十二日真野村長より県へ進達され自作農創設の為めの所有権移転に付許可を得て、同年二月五日自作農創設に基く真野村農業会長の申請に依り農地調整法に依る自作地となつたのである。

斯くて国分寺より上告人に対する所有権移転登記及び右自作地の登記は同年十一月二十九日夫々完了し、上告人の完全なる自作農地となり、昭和二十一、二十二年度は上告人に於て耕作したのであるが、昭和二十二年十月十九日真野村農地委員会が本件田地に付き遡及買収の計画を樹て公告を為してより紛議起り昭和二十三年春上告人の作付した田地に補助参加人は真野村農地委員長佐々木善作等と共に約四百人の徒党を組みて侵入し来り、補助参加人に於て植付を強行したので、上告人は告発をした程であるが、爾来補助参加人が耕作を強行して居る実状である。

以上の如く本件繋争土地は旧小作者たる補助参加人の離作承諾により地主国分寺は返還を受け、之を上告人に売渡し、上告人は自作農創設の為め一切の適法手続を経て、自作農地として過去二ケ年間完全に耕作を続けて来たのである。然るに自作農創設特別措置法公布せられ遡及買収認めらるる哉補助参加人は奇貨措くへしと為し、真野村農地委員長と特種関係の間柄なるを利用して遡及買収の申立を為し農地委員会を動かして買収計画を樹立せしむるに至つたものである。上告人が本件土地に付自作農創設の許可を受けし昭和二十一年二月五日(斡旋願書は同年一月四日提出)には未だ自作農創設特別措置法の発布なく、自作農に関する許否の権限は凡そ地方長官に属して居たのであり、当時の地方長官の右許可は同法施行後の農地委員会の許可と全く同一の効力を有するものである。従つて地方長官が自作農創設の為め農地の売買を認めたものに対し右地方長官と同一の性格を有する農地委員会が、右売買を否認すると同様の結果を招来する遡及買収を認むるが如きは矛盾も甚しく越権の沙汰と謂わざるを得ない。況や本件に付ては、上告人の提出した自作農創設に付ての斡旋願書に対し、昭和二十一年一月十一日真野村農地委員会が審議に附して許可可然旨の意見を附して県に進達したのであつて、当時の農地委員会は上告人の自作農創設の為めにする本件農地買受を認容して居たのである。然るに二十二年十月十九日に至り同村農地委員会は其の構成員に変更ありとは謂え、国家機関としては何等変更なきに、二年前の許可意見を覆す結果を来す遡及買収を樹立するが如きは明らかに失当と謂うべく真野村農地委員会の右の決定は当然取消さるべきである。

然るに原判決は事茲に出でず、之を認容して上告人の請求を排斥したるは、明らかに失当たるを免れず、破毀せらるべきものと信ず。

第二点 原判決は理由不備の違法がある。

本件の争点は原判決の理由にも明らかである如く、既に自作農創設維持の事業により自作農地として創設を受けている土地に対し、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基く所謂遡及買収の計画を定めることが出来るか否かの点、並びに新潟県佐渡郡真野村農地委員会が本件係争土地に付て遡及買収の計画を定めたのは適法であるか否かの点であると考えるが、右前段の争点は兎に角として、茲では右後段、即ち真野村農地委員会の本件係争土地に対する遡及買収計画は果して適法であつたか否かの点に付て考察することとする。

今、自作農創設特別措置法(以下特別措置法と略称する)第三条に依れば、その第一項(同第二項乃至第四項を含む)に於て政府が当然に買収する農地として、

(1) 不在地主の所有する小作地全部(右同項第一号)

(2) 在村地主の所有する一町歩を超える小作地(同第二号)

(3) 在村地主の所有する一町歩以下の小作地でも、その者の有する自作地と合計して三町歩を超えるもの(同第三号)と列挙し、次でその第五項に於て、農地委員会の認定により買収する農地として

(1) 耕作の業務の適正でない自作農の所有する三町歩を超える自作地(右同項第一号)

(2) 実質的に小作地に等しい自作地(同第二号)

(3) 耕作の業務の適正でない法人その他の団体の所有する自作地(同第三号)

(4) 法人その他の団体の所有する小作地(同第四号)

(5) 正当に耕作されていない農地(同第五号)

(6) 地主が自発的に買収を申し出た農地(同第六号)

を列挙していることが明らかである。

依つて之を本件係争土地に付て考えてみると、訴外国分寺(真野村所在)の所有する農地に付ては、先ず前記政府の当然買収する農地に該る土地ありや否や(特別措置法第三条第一項第二号、同第三号)が問題であり、次に訴外国分寺の所有農地にして右の外尚他に農地を所有するときは、国分寺が法人である処から、前記農地委員会の認定に依り、法人その他の団体の所有する小作地(特別措置法第三条第五項第四号)として政府に於て買収することを相当と認め、之を買収計画の対象とすることが出来るものと謂わねばならない。

ところで同特別措置法附則第二項に依れば、

第三条第一項の規定による農地の買収については、市町村農地委員会は相当と認めるときは命令の定めるところにより昭和二十年十一月二十三日現在における事実に基いて第六条の規定による農地買収計画を定めることができる。

とあつて、所謂遡及買収の標準となる時期を規定しているのであるが、右条文にも明らかな通り、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて遡及買収の適用されるのは前記特別措置法第三条第一項に依る政府が当然買収し得る農地に限られるのであつて、同条第五項に依る農地委員会の認定に依り買収すべき場合は右遡及買収の規定は適用なく、買収標準の時期は矢張り買収計画を定める時と解釈しなければならないのである。

従つて、本件係争土地に対する真野村農地委員会の権限に付ては、

(一) 本件土地が昭和二十年十一月二十三日現在に於て訴外国分寺の所有する一町歩以上の小作地に該る場合(特別措置法第三条第一項第二号)

(二) 本件土地が、昭和二十年十一月二十三日現在に於て、訴外国分寺の所有する一町歩以下の土地であつても、その自作地と合計して三町歩を超える土地に該る場合(右同第三号)

に於て買収計画を定めることが出来、更に

(三) 本件土地が、右(一)(二)孰れにも該らない場合は、特別措置法第三条第五項第四号により買収計画を定める時期を標準として右国分寺の所有する小作地に該る場合

に於てのみ、之が買収計画を定めることが出来る筋合である。(然るに本件記録に依れば、右買収計画を定めた時は、本件買収計画公告の日時である昭和二十二年十月十九日と見るべきであつて、本件土地は該日時以前同二十一年十一月二十九日に於て已に自作農創設維持の事業により上告人の自作農地として創設を受けていたことが明らかである)

そこで、本件係争土地に付て真野村農地委員会が定めた遡及買収計画が果して適法であつたか否かを論ずるには、原判決理由の如く国分寺と補助参加人伊沢鶴蔵との間の本件土地を目的とする賃貸借契約の解約並びに上告人と右伊沢鶴蔵の生活関係に付て判断することもさることながら、本件に付ては先ず以て、本件係争土地が前記(一)(二)(三)の各場合に該るか否かを審理し確定しなければ、之を判断することが出来ない筈である。即ち原審は、昭和二十年十一月二十三日現在に於て訴外国分寺が所有していた自作地並びに小作地は幾何であつたか、而して本件係争土地は特別措置法第三条第一項に該るべき農地であるか否か、或は本件買収計画を定めた昭和二十二年十月十九日現在に於て特別措置法第三条第五項第四号の法人所有の小作地に該るか否かを審理し確定しなければならないのである。本件訴状請求原因第二項記載の如く、若し本件土地を「法人所有農地として買収計画に入れた」ものとすれば、真野村農地委員会は特別措置法第三条第五項第四号該当の農地として買収計画を定めたものと謂うべく、斯くては、その買収標準時が買収計画を定めた時でなければならないのに拘らず、之を昭和二十年十一月二十三日現在に遡及せしめたこととなつて、真野村農地委員会の本件買収計画は当然適法のものでないこととなるべきである。

然るに本件記録を仔細に検討してみても、本件係争土地が前記(一)(二)(三)に該るか否かの点に付て原審が之を審理した形跡は毫も認められないのである。

斯くて原判決は之を判示するに由なく、結局真野村農地委員会が本件係争農地に対して買収計画を定めたのは適法であつたか否かに付て之を判断することが出来ないものと謂わねばならない。

原判決はこの点に於て理由不備の違法があり、法令違背として当然破毀を免れないものと考える。

第三点 原判決は本件土地所有者国分寺が補助参加人から其の返還を受ける際替地を与えることを条件としたが右替地として同人に小作させた田地は金子菊治の遡及買収請求に依つて買収計画が定められたから補助参加人から上告人に対する遡及買収も亦認容せらるるものなる旨の判示をした。

右に対し上告人は代替地を与える条件を附したことは否認して来たが、仮りに之が条件となつて居たとしても国分寺は補助参加人に代替地を与えたことは争ないところであるから、国分寺としては条件を履行した訳である。只代替地として与えた土地が金子菊治の遡及買収請求に依つて買収計画が樹立されたと言うに過ぎない。然し金子菊治の遡及買収請求なるものが果して法律上認容せらるべきものなる哉否は全く別個の問題であつて、国分寺住職林の証言に依れば金子菊治は国分寺の小作人ではなく単なる同寺の作男で、国分寺が自作せる田地(補助参加人に代替地として小作させた田)の耕作に使役されたに過ぎないのである。

従つて、金子菊治より補助参加人に対し遡及買収の請求があり、之に基き真野村農地委員会が樹てた買収計画に対し補助参加人より異議の申立及び訴願等を為せば当然買収計画は取消さるべき運命にあつたのである。然るに補助参加人は斯る手段に出づるを避け、上告人に対し矛を向け来つたのであるが、是は要するに補助参加人、金子菊治両名共真野村農地委員会々長佐々木善作と特種の関係があつて、三人熟議の上執つた措置である。

猶右代替地を与えることが条件となつて居たものと仮定するも斯る契約は国分寺対補助参加人間の契約であつて、斯る契約を知らず全く善意、無過失、平穏且公然に而も合法的手続に依つて地方長官の許可を得て本件土地を自作農創設の為め買受けた上告人に対し遡及買収の申立を為すが如きは、自作農創設特別法附則第二項の法意よりするも許さるべきものではない。

右附則第二項に依り昭和二十年十一月二十三日現在に於ける事実に基いて買収計画を定めることが出来るとするも、買収計画を定める時期と右昭和二十年十一月二十三日現在との間に農地の所有者、耕作者が異るときは同法施行令第四十五条に依り農地委員会は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買収計画を定めることの可否に付審議しなければならないのであるが、本件の遡及買収を定むるに当つて斯る審議を為した事跡は全然存しないのであつて、原判決に於ても此の点に付一言も言及して居ないのである。元来買収の時期は買収計画を定むる時期の事実に依るべきが本則であつて、遡及買収の如きは寧ろ例外とも謂うべきであるから、遡及買収の可否の審議は極めて重要事に属するのである。然るに原判決は此の点に関し何等の審議を為した事跡のない真野村農地委員会の遡及買収計画を容認して上告人の主張を排斥したのは、明らかに失当といわねばならない。

右と同趣旨に於て金子菊治より補助参加人に対する遡及買収の請求に対する関係も亦失当というべく結局原判決は失当なるを免れ得ないのである。

第四点 農事改革の根本義は自作農法第一条及び農地調整法第一条に規定する如く耕作者の地位の安定、農業生産力の維持増進を目的とし、之が為め自作農を急速且広汎に創設して農村民主化の促進を図るにあるのであるが、斯事は他の言を以てすれば精農を保護育成し堕農を排するにあるとするも過言ではない。

然るところ第一点に詳述せる如く本件補助参加人伊沢鶴蔵は地主に対し小作料を計画的に未納し、耕地の一部は多少遠距離にあるとは謂え作業を厭い小作引受後返地する迄殆ど連年作付を為すことなく放置して顧みず、又収米供出に付ては部落責任、個人責任の場合を問わず毎年其の責任を果さず、政府の方針に逆う行為に出て、小にしては部落農民、村農民に迷惑を及ぼすことを常と為し居るものである。反之、上告人方(父常吉)は万人等しく認むる稀なる精農家であつて、耕作(自作)面積二町歩に満たざるに拘らず居村真野村第一の多量供出者である。試みに昭和二十二年度に於ける産米大量供出家番付(甲第八号証参照)に依れば四十四石二斗六合の供出を為し、作付反別の割合よりすれば佐渡随一多量供出をして居るのである。又上告人は原審提出の準備書面第一、第二項記載の経歴を有し生粋の百姓として衆人に認められ居るのである。而して上告人方は農業経営上に必要なる機械器具の整備、牛馬の飼育、使役等には全家総掛りにて専念し農業の収入を挙げて之に投じ来つたのであるが、偶々苗代の適地がなかつたので本件土地の内真野村大字国分寺字岡田の田六畝三歩が苗代地として最も適地であることを知つて、所有者国分寺に売却方を申込だところ、住職林光雅は予而補助参加人の前記不信行為より同人が農家として適任でないことを認めて居たので同人に小作させて置いた田地全部の買収方を申入れて来たので、上告人方では之に応じて結局本件田地を買取つたのである。

斯くて上告人方は早朝より夜遅く迄、都人士には想像もつかぬ重労働を続け、本件田地の収穫も見るべき成績を挙げ供出量の如きも前記の如く真野村第一となつたのである。真野村に於ける農家中作付反別が上告人より相当多き者可成多数あるも供出の点に於ては右の如く上告人方に及ばないのである。

右の主張は上告論としては聊か的外れの言なる哉も知れないが、斯事は要するに本件田地を上告人、補助参加人の孰れが耕作することが農地改革の根本趣旨に副うや否やを決する鍵であり、延いては事小なりと雖も現下我邦の農政上、食糧増産に影響するところ尠しとしないので、是等事情を充分知悉する真野村農地委員会が本件遡及買収の申立に対し慎重審議を尽して補助参加人の申立を排すべきが至当であるし、原判決も亦買収計画の取消を判示すべきであつたが事茲に出でなかつたのは、農地改革に関する関係各法規に違背あるものと信ずる次第である。

以上

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